“Nothing is certain but death and taxes.”

投稿者: KEN COACH 投稿日:

 日本の大企業が、有能な技術者の年収を上げ始めている。

 6月2日にはソニーがデジタル人材の給与水準を最大2割増し730万円にする制度の導入が報じられた1)https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45595230S9A600C1MM8000/。また7月9日にはNECが新卒に年収1,000万超を払う制度を導入するという記事2)https://r.nikkei.com/article/DGXMZO47133950Z00C19A7MM8000?n_cid=BMTR2P001_201907091900&s=3が出ていた。

 いよいよ日本を代表するような大企業も、従業員の給与水準を上げなければ有能な人材を採用できないということに気付いたということであるが、これに伴ってベンチャー企業は人材を獲得するのがますます難しくなってくるだろう。大企業の以前の水準と同じかそれよりも低い給料でも、働き方の柔軟性やビジョンに共感するといったことでベンチャーに就職することを選択していた若い有能な技術者たちが、大企業に流れるようになっていくだろうからだ。

 とりわけ日本のような国において、ソニーやNECのエンジニアである/あった、ということは強い。在籍中の仕事のやりやすさもさることながら、その後転職するにしても非常に大きな交渉材料になる。夢を語るだけではベンチャーも有能な人材が集められなくなるだろう。

 「ベンチャーにはストックオプションで大儲けできるという期待がある!」という反論があるだろう。また、年収1,000万とはいっても手取りで750万くらいであるが、株式の譲渡益は単年度の分離課税で、税率も昔に比べれば高くなったとはいえ20.315%で済む。

 金銭的なメリットでいえばストックオプションに勝るものは確かにないのだが、ストックオプションには(上場しなければまったくの無意味だということ以外にも)様々な問題がある。

 具体的に言えば、税制適格ストックオプションであるためには後述の要件が充足されていなければならないとされている。税制非適格なストックオプションだと、株式の譲渡益が給与所得と見なされるため、半分以上税金に持って行かれてしまう3)以下のサイトを参考にした。http://www.ikpi.co.jp/knowledge/stockoption/stockoption_file068.html

 個人が取得する場合の税制適格ストックオプションの要件は「租税特別措置法第29条の2」および「租税特別措置法施行令第19条の3」で規定されており、発行内容に関する要件と取得者の要件に大別できる。今回はとりあえず発行内容に関する要件のみを扱うこととしよう。

 発行内容の要件としては次の6つが挙げられる。

 ①金銭の払込(金銭以外の資産の給付を含む)をさせないで発行されたものであること

 ②権利行使が付与決議の日後2年を経過した日から当該付与決議の日後10年を経過する日までの間に行われること

 ③新株予約権の1株当たりの権利行使価額が、付与契約の締結時における1株当たりの価額に相当する金額以上であること

 ④当該新株予約権の譲渡をしてはならないこととされていること

 ⑤新株予約権の行使に係る株式の交付が当該交付のために付与決議がされた会社法第238条第1項に定める事項に反しないで行われるものであること

 ⑥発行会社と金融商品取引業者等との間であらかじめ、振替口座簿への記載・記録、保管の委託または管理等信託に関する契約が締結され、新株予約権の権利行使により取得した株式が、当該契約に従い、振替口座への記載・記録または保管の委託若しくは管理等信託がなされること

 とある。

 6つめの要件である金融商品取引業者等への記載・記録、保管の委託または管理等信託に関する契約とは重大な要件だ。おそらくこの金融商品取引業者が上場に際しての主幹事証券会社となるのであろうが、当該証券会社も上場による株式譲渡益あるいは手数料収入の見込みがなければ契約を結んでくれないだろう。新しくできたばかりの会社が金融商品取引業者等を見つけて契約を締結するのには莫大な取引コストがかかる。

 適格要件のうちの「2年以上10年以内」という要件もネックである。この期間内に上場できなければ新株予約権が紙くずになるということであるからだ。

 つまり、もともとそれなりに儲かっている・あるいは儲かる見込みがあって、きちんとした__金を出すだけでなく体制構築にもノウハウのある__ベンチャーキャピタルから投資を受けているなどして、役員・従業員にストックオプションを提供できるような体制の整っている企業で、あと数年、遅くとも10年以内で上場できるというくらいの会社でなければ、ストックオプションを付与するのは事実上不可能なのだ。それに上場するくらいのベンチャーというのはいまの市況に最適化された体制を取っていることがほとんどであるだろうから、10年後もまだその勢いがあるかどうかということは難しい。実際にはあと3〜4年以内に上場しなければ無理、という感じなのではないだろうか。

 もちろん形の上で従業員に新株予約権を付与することはたやすいであろう。だが非公開会社の株式は著しく流動性が低いし、仮に売却に成功したとしてもそのような税制適格でないストックオプションにより取得した株式の売却益は所得税の課税対象になってしまう。

 キャピタルゲインの利回りでいえば劣るものの、既に上場している会社であれば譲渡制限付株式で報酬を払うということも容易である。なんといっても既に上場しているので、万が一IPOまでこぎ着けなければ紙くずになってしまう新株予約権よりは、仮に多少株価が下がったとしても市場で売却して現金を回収できる(既)上場企業の方が、投下した労力に対するリターンが得られる期待値は高いといえるだろう。それに所得税が高いとは言っても額面年収1,000万円で手取り750万円程度はもらえ、そちらの方が確実だ。

 それに優秀なAI技術者であれば、そのような報酬設計の会社法・税法上の問題に頭を悩ますよりも、一秒でも長く技術開発に没頭したいと思うだろう。そのような環境はやはり大企業のほうが容易に提供できる。

 新興企業はますます人材確保が難しくなるだろう。これからしばらくは日本のベンチャーにとって冬の時代となるかもしれない。

References   [ + ]

1. https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45595230S9A600C1MM8000/
2. https://r.nikkei.com/article/DGXMZO47133950Z00C19A7MM8000?n_cid=BMTR2P001_201907091900&s=3
3. 以下のサイトを参考にした。http://www.ikpi.co.jp/knowledge/stockoption/stockoption_file068.html
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。