イランの首都テヘランでは、イスラム革命43周年を記念する「Ten Day Dawn」の式典が行われている。

 1979年2月1日、イラン暦では1357年バフマン月12日、アメリカ傀儡政権のパフレヴィー朝皇帝のモハンマド・レザー・シャーによる15年間にわたる国外追放の末、ホメイニ師がイランに帰国。その10日後の2月11日、反体制勢力が権力を掌握しイラン革命が成功した。この2月1日から11日の10日間をイランでは「夜明けの10日間」と呼び、毎年革命の成功を祝う式典などが開かれている。

 革命後、亡命したレザー・シャーを米国が受け入れたことに反発する民衆がデモを行い、アメリカ大使館人質事件となり、その後にCIAがそれを題材とした映画「アルゴ」を作った。

 イラン暦は西暦622年、預言者ムハンマドのヒジュラが起こった年を基準とした暦で、月名はゾロアスター教由来の名称を持つ。1975年にパフレヴィー朝のもとで、西暦のBC550年にアケメネス朝ペルシアのキュロス2世がメディアを滅ぼしペルシア帝国を築いた年を紀元とするキュロス紀元のイラン暦が導入されたが、イラン革命後はヒジュラ紀元の現在のイラン暦に変更された。

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 イラン革命の起こったバフマン暦は、「ウォフ・マナフの月」とされており、ウォフ・マナフはゾロアスター教の開祖・ザラスシュトラを最高神アフラ・マズダの元へ連れて行った神とされる。ちなみにニーチェの「ツァラトゥストラかく語りき(Also sprach Zarathustra)」のツァラトゥストラはこのザラスシュトラ/ゾロアスターのことである。ゾロアスター教はアケメネス朝、ササン朝など歴代のイラン王朝でも国教とされてきた。

 史上初の世界帝国といわれるアッシリア帝国(BC2000年頃〜BC609年)の滅亡後、領土はエジプト、リディア、メディア、新バビロニアの4つに分割された。メディアは世界初の金属貨幣を造ったことで知られ、新バビロニアはBC597年南ユダ王国を滅ぼし、ユダヤ人をバビロニアに移住させたバビロン捕囚で有名だ。アケメネス朝ペルシアの開祖キュロス2世は、新バビロニアを滅ぼしたのちユダヤ人に帰還と神殿の再建を許可したため、ユダヤ人からはメシアと讃えられている。米国傀儡のパフレヴィーがキュロス2世の即位年をイラン暦の紀元としたのも、その歴史があってのことだと推察できる。