前回に引き続き、デザン・シーラ&アソシエイツの記事からです。デザン・シーラ&アソシエイツのウェブサイトはASIA Briefingがメインのページですが、実際の分析記事はロシア、インド、中国、ASEAN、シルクロード・ブリーフィングという別々のサイトに分かれていきます。特にシルクロードブリーフィングは、中央アジアのパイプラインや高速道路の建設事情など、ほとんど日本で手に入らない情報がけっこう出てくるので面白いです。追い追い翻訳記事を掲載していきたいと思いますが、今回は「中国はスリランカの救済の見返りに、自由貿易協定を要求する」という記事です。
スリランカはもともと観光産業と、海外に出稼ぎにいく労働者の送金で成り立っていた国ですが、パンデミックの影響でそれらの収入源が絶たれました。2020年3月からは外貨の枯渇を防ぐために広範な品目に対して輸入禁止制限を行い、以降物資の不足と財政難が悪化。そこへ昨年からの燃料高が襲い、インフレ、停電、物資の不足、対外債務危機と大混乱が広がっています。
記事のタイトルを読むと、中国がこうしたスリランカの危機に乗じて自分の都合のいいように横暴な振る舞いをしているという印象を受けますが、記事を詳しく読んでみると、むしろ中国に同情したくなるようなスリランカの酷さが書かれています。
以下が記事の翻訳です。
中国はスリランカの救済の見返りに、自由貿易協定を要求する
2022年4月25日 シルクロードブリーフィング
縮小していく国内市場を保護するか、より大きな貿易の世界に手を伸ばすか:塹壕で囲まれたスリランカの古びた貿易独占主義者たちは、同国にとって復活の機会を得るために除去されなければならない
困難に直面しているスリランカの首相、マヒンダ・ラジャパクサは、同国が金融的・経済的カオスにずり落ちていく中で、アジア中に財政的な漁網を投げかけている。財政破綻が迫る中、同国は新たな資本を切実に必要としている。スリランカの主要な後援者はインドと中国であり、同情的な雑音を提供してきたが、多くの現金を供給することには及び腰で、供給されたものもますます大きくなる財政的な困難を解決するのに十分でないことは確かである。しかしながら、中国首相・李克強との今週の会談においてラジャパクサは、中国はスリランカの経済的苦境に対して同情的であり援助するにやぶさかではない一方、「相互に恩恵のある協力関係を拡大させるために、早期に中国ースリランカ間自由貿易協定の交渉及び調印」がなければならないと伝えられた。
提案されたFTAは2015年から交渉されており、中国側はその進捗のなさにますます憤慨している。しかし李克強は、今回FTAと「中国による支援の流入」を特に関連づけた。ラジャパクサは「スリランカはすでに中国と金融、経済、貿易及び観光において協力を深め、二国間自由貿易協定の交渉を進展させる準備ができている」と述べた。ラジャパクサ一族のもとにあるスリランカ政府が、国内取引及び輸入に関する政策を維持したいと望んでいるため、抵抗に遭うことだろう。ラジャパクサ家のポートフォリオにある複数の事業は多大なる輸入義務から恩恵を受けている。一方で、政府高官に「輸入許可」を発行してもらう際のフィーの要求は、同国に対する投資家にとっての苛立ちの種となっている。スリランカ・中国FTAはこうした疑わしい慣行の多くを根絶することだろう。
別の問題は、こうした腐敗のために、スリランカの国内製造業は競争力のある輸入品に対抗する準備ができていないということである。そしていくつかのセクターでは、投資が不十分なままで、英国統治時代に遡るアンティーク技術が未だに製造過程に使用されている。中国との競争はこうした業者を廃業に追い込むであろう。スリランカ大統領、ゴタバヤ・ラジャパクサ(首相の兄弟)はまた、「中国人は多くを要求しすぎる」と述べた。
中国のスリランカ大使、Qi Zhenhongはスリランカ外務大臣のG・L・ペイリスとFTAを協議し、その会談における声明は以下のように述べている。「中国は26の自由貿易協定に調印してきたとしつつ、Qi大使はスリランカ・中国間FTAを完成させることはスリランカの国内市場及び製品にとって莫大な利益があるだろうと述べた。彼はまた、スリランカ当局に、可能な限り早くFTA交渉の第7ラウンドを再開するように要求した」。返答において、ペイリス大臣はスリランカにおけるそれぞれの関係筋の協力によってすぐに交渉は再開されるだろうと述べた。
中国は2013年以降、一帯一路構想(BRI)の一部として何十億ドルもスリランカに投じ、港湾、空港、道路及び発電所を建設してきた。スリランカの外国債務の10.5%が中国の貸付によるものだ。しかしながら、北京はスリランカ当局はこうしたことが感謝されていないと感じている。コロンボ港湾都市、ハンバントタ港、及びその他のBRI投資プロジェクトは遅延しており、キャッシュフローを創出する準備ができていない。たとえばコロンボ湾は埋め立てられた平地のままであり、直立する建造物は何も建てられておらず、中国のオフィス郡やその他のインフラを建設することで投資リターンを得ようとする努力を妨害している。
北京はまた、コロンボに関して、中国が行った二つの提案に対する対応がなされていないことでも批判的である。洗練されアップデートされた紛争解決メカニズムを構築することに加えて、スリランカを主要なリーダー国としてインド洋諸島諸国の集団を形成すること。コロンボはどうやらこの件についても、まだ何の調査も開始していないようである。おそらくその理由というのは、閣僚の多くを含むラジャパクサ家はこうした問題を扱った経験がなく、国際的な専門家を探すということさえ面倒だからであろう。
その結果、中国はスリランカに対して協定をまとめるように厳しい態度を取っているが、その戦略はラジャパクサが北京とデリーを対立させるというようなリスクを孕んだものとなっている。1月、中国の王毅外相はゴタバヤ・ラジャパクサ大統領の中国融資の返済をリスケジュールしてほしいという嘆願を断った。その後、中国は25億ドルに相当する融資と購入枠を宣言したが、まだ実際には供給されていない。先週、中国は約3,100万ドルの緊急援助を宣言はしたものの、それはスリランカ政府が必要とする現金でではなくコモディティによって支払われた。5,000トンのコメ、医薬品、製造原料及びその他の生活必需品が含まれていた。
前回のFTA交渉は、国際競争を恐れる、塹壕で保護された地元の独占業者たちの反対によって失敗に終わった。それらの業者の多くは、ラジャパクサ家との繋がりがあった。中国は、FTAの発行と同時に相互に取引される商品の90%に一切の関税がかからなくなることを要求したが、スリランカは取引商品の半分に対してのみ関税を撤廃し、対象品目を向こう20年間にわたって徐々に拡大していくことを望んだ。
自由貿易はスリランカの平均的な消費者に恩恵をもたらし、同国の輸出を効率的にする。しかし、初期の痛みを耐えなければその恩恵は受けられない。国内企業は再投資し、戦いに備えて勝ち抜いていく必要がある。刷新のために資本投下が行われ、それによって収益性が低下するにつれ、厳重に守られた国内市場への現在の依存は縮小していくことになるだろう。しかしながら、多くのスリランカ企業の売上は経済危機のためにすでに重大な圧迫を受けている。
2020年、中国は40億ドル分をスリランカに輸出した。主要な製品は軽量のゴム編みニット生地(2億4,100万ドル)、放送機器(2億2,500万ドル)、精製石油(1億2,700万ドル)である。同年、スリランカは2億6,600万ドル相当の商品を中国に輸出した。主要な製品は茶(6,040万ドル)、ココナッツ及びその他の植物繊維(2,420万ドル)、そしてニットのTシャツ(1,850万ドル)である。FTAということになると、中国は商品の貿易に優先権を与え、それからサービスの貿易や投資に進んでいく。そして典型的には関税がかけられる商品の95%について撤廃することに執心している。このことはスリランカの製造業者にとって、鋳型に嵌められた国内だけの思考から脱出できれば、巨大な市場が広がっていることを示している。政策研究所(IPS)が2015年に報告したところによると、566種の製品においてスリランカは国際的な競争優位性を持ち、そのうち243品目は中国にすでに輸出されているか、その可能性がある。さらに299品目において、特に野菜製品、ゴム、プラスチックにで中国との貿易の潜在力がある。
しかしながらスリランカの企業や事業者が研究しなければならない地域的な優位性というものがある。インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナムといった大規模な経済と同様、カンボジアやラオスといった小国に影響を与えた中国・ASEAN自由貿易協定は2009年に発効した。当時、十分に準備のできていない企業は、より安価でしばしば優れた中国製品によって苦しめられた。しかし自社ビジネスに再投資したり、中国のパートナーと組んだり、中国市場をより深く研究したりすることで適応することができた。そうした中国対策の結果は非常に顕著である。それぞれの国の、2008年と2020年の対中国輸出額は以下の通りである。
カンボジア 8億4,100万ドル → 14億6,000万ドル
インドネシア 116億3,000万ドル → 326億ドル
ラオス 4億7,000万ドル → 16億8,000万ドル
マレーシア 190億1,000万ドル → 387億ドル
タイ 159億ドル → 302億ドル
ベトナム 48億ドル → 494億ドルスリランカの総輸出額は2008年には101億1,000万ドルだったが、2020年には113億ドルだった。スリランカの輸出製造業は10年ほどで顕著な衰退を経験したということである。対してASEANは顕著に成長した。もしスリランカが縮小していく国内市場のみに依存する貿易能力に留まる既得権者による独占的な慣行に変化が加えられなければ、この凋落は続くだろう。何が起こるかはまだ不明である。外国(特に中国)の貿易アドバイザーを登用する能力のある、より啓蒙されたスリランカ政府こそが、いくつかの軌道修正と一握りの産業独占者への事業上の痛みはあるにせよ、同国を新しい道筋に導くことができるだろう。その痛みは適切に管理されれば回復可能である。そうでなければ中国人は経済改革なしでは生産性の向上しないことがわかっている経済に資本を投下したりしないだろう。もしコロンボがこの機会を拒絶するのであれば、スリランカ政府は国内市場を私利私欲のために収奪する連中と彼らに仕える労働者の拡大する不均衡に基づくより縮小していく経済基盤を管理することになるだろう。スリランカは大きな分かれ道に立っている。
記事は以上です。
自由貿易が解決策であるとも思いませんが、既得権者が強すぎて身動きが取れない経済状況に陥る・・・というのは。。。なんともかんとも。
世界的にそういうフェーズなのかもしれませんね。政治でも経済でも社会でも、制度や体制が硬直化しすぎてもはやどうしようもない。国とか制度、社会システムみたいなものに依拠するとか、そもそもそういうものが信頼に値するという考え方自体が間違いなのかもしれません。